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縫いとじられない赤い糸

小奇麗な言葉で曖昧にごまかすのにはほとほと疲れてしまったから。そろそろ本当の話を始めませんか。身もふたもない、本当の話を。

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終わりとはじまり

2018年も残すところあと3週間を切りました
なんだかあっという間に過ぎていってしまったような気がします

なんてことを云うと、なんだかすごく忙しかった1年のように聞こえるかもしれませんが
はっきり云って私はこの1年、ほとんど何もしてませんでした

何もしていない、というより
すべてに対してどうでもよくなってしまって
自分なんてとっくの昔に終わってるのに
この先生きてなんになるのかとかなんとか
とにかく、終わりにするつもりで
それでも、いつまで経っても死にきれない自分を
もてあましながら日々の時間の中に埋もれていました

朝がきて夜がきてまた朝がきて
窓の外で流れていく日々を
まるで阿呆かなにかのようにただ呆然と眺めていました

なにもかもが他人事のように思えて
早くこの世界からおさらばしたいと思っているのに
心のどこかでは、まだ何もしていない自分に気がついていたりもして
どうせ死ぬなら、やりたいことやってからでもいいんじゃないかと

まず、買いだめたままの本を読みました
「嘘を愛する女」
   映画観たかったんだけど、行けなかったのでその代わりに
   名前も経歴も過去もすべて偽らなければならないほどの事情にしては
   ちょっと薄い印象
「がん消滅の罠 完全寛解の謎」
   自分もがんになった身として気になっていた一冊
   読みやすく、途中までは面白く読んでいたんだけれど
   終盤にかけて徐々に失速していってる感じがした
   医療ミステリーとして、何故末期のがんが消滅したのか
   その謎を解き明かす話に徹底してもらいたかった
「終わりの物語」
   物語の結末は、ひとそれぞれ
「かがみの孤城」
   文章が好きになれなかった
   途中で大体のことが解ってしまうし
「噛み合わない会話とある過去について」
   タイトルに惹かれて読んでみたけど、やっぱり表現の仕方が好きになれなかった
   云いたいことは解らなくはないんだけど、う~ん...
「未来」
   未来から来た手紙がたとえ誰かの手によって描かれた嘘の手紙であっても
   いま辛い思いを強いられている子供たちにとっては
   生きていく指針になりえるかもしれない
   生きて、という言葉より、死なないで、という言葉よりも
   すっと心に届くメッセージのような
「罪と罰」
   途中で挫折
   面白いのですが、同じ人物で呼び方が変わったりしてちょっと混乱
   気になる内容なので、少し時間を置いてからもう一度読んでみるつもり

図書館へも行ってみました
近所を散歩したりもしてみました

いろいろ試してはみましたが
まず、図書館へ行って帰ってくるのが億劫で
近所の散歩も、まわりにあるのは大学くらいで
おまけに道幅が狭く、どこまでも1本道なため
なんの面白みもなく
結局は、ダイソーやドラッグストアなどを覗くくらいしかなくて

それに、歩いている時に自分のすぐ後ろで誰かがしゃべっている声に
後ろから思いっきり言葉というバッドで殴られてるみたいなザワザワした気分になり、
通り過ぎていってくれればいいんだけど
ずっと後ろの距離をキープしながら歩いてくる人もいたりするから
それが結構きつくて
自ずと、買い物以外あんまり出歩かないようになってしまうという結果に

意外だったのが5月くらいから徐々に調子がよくなってきたということ
それはなんだかものすごく、気持ちが悪いくらいに
気候がよくなったせいもあるかもしれないけれど
一番はやっぱりエレカシの曲に、歌詞にグサグサ突き刺されたこと
生きる屍だったことに今さらながら気づかされたのです

7月、友達とライブに行きました
1曲目「Easy Go」から2曲目「風と共に」で早くも泣きそうになりながら
毎回行くたびにエレカシの凄さに圧倒されるのですが
今回は自分の状況なんかもリンクしたせいか
格別のものがありました
場所も割といい位置にいけたので結構よく見えたし
云わずもがな、ミヤジはやっぱりセクシーでカッコよかったし
ホント、最高の時間でした

もう一つ、ウッチャンの大車輪に挑戦する動画
ウッチャンナンチャンは一番最初に好きになったお笑い芸人さんで
今も(特にウッチャン)好きなのですが
何度観ても泣けてくるんですよね
ホント凄い

エレカシとウッチャン大車輪に動かされるように、
6月から簿記の勉強を始めました
朝も大体決まった時間に起きるように決めて
9時から12時まで
昼からは自由時間ということにして、
動画を観たり、読書したり、外出したり
朝決まった時間に起きることと
決まった時間勉強すること
昼寝はしない、と決めたことで
以前より少しは罪悪感が減ったような気がします

いまは日商3級を勉強してますが
2級にも挑戦してみようかなと思っています

そして、これは自分が一番驚いているんですが、
裁縫も手芸も何の興味もなかった私が
この冬なんと、編み物なんぞやってみたいと
無謀にも思ってしまったわけなんです
学生時代は、家庭科で裁縫の課題など
一度も提出したことのないこの私が

まずは失敗してもいいように
ダイソーで極太の毛糸と編み針を購入して
YouTubeの関連動画を観ながら(便利な時代だ)
編み方の練習をしてます
私のことだから、途中でいやになるかなと思いきや
結構ハマッて、午後はひたすらYouTubeとか観ながら
編み編みしてます
基本的なかぎ針の編み方は大体解ってきたのですが
端を揃えるのが結構難しいです
なんだかとっても歪になってしまうんですよね
なかなか奥が深い
こんな面白いものだとは
まさか自分が編み物にハマるとは
自分のことを一番知らないのは自分自身ってよく云うけど
まだまだ知らない自分がどこかで眠っているのかもしれません
「体の全部使い果たせ」です
歴史絵巻の巻はまだ閉じるわけにはいかないようです
続きを描き始めてしまったから

2018年、私はまだ終わってませんでした
終わらすわけにはいかないと、つくづく思い知った1年でした
精神的にもいまは大分落ち着いています
この調子が長く続いてくれたらいいのだけれど

今年は1作しか詩が描けなかったことが悔しいです
まだ少し残ってるけど

2019年は、勉強や編み物も頑張りながら
詩の方にももっと労力を注いでいきたいなと
(こればっかりは衝動が起きないと描けないのだけど)
自分の支柱は、やはり詩を描くことだと思っているので




明日の自分が私が来るのを待っている
私は今日 したいことだけをする
時間も忘れるくらい 夢中になって
そしてそれを 明日の自分に聞かせてあげるんだ
今日をちゃんと 生きた証に










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テーマ:詩・想 - ジャンル:小説・文学

雑記 | コメント:0 |

子宮体がん手術 入院日誌

2017.2.12(日)
 子宮体がん手術のため入院
   ・10時30分に入院手続きを済ませ、看護師さんの案内で病棟へ。
   ・看護師さんから入院生活や手術についての説明あり。
   ・昼から絶食。飲料水は21時までなら飲んでいいとのこと。
   ・手術に備えて腸内をきれいにするため、下剤(ジュース状のもの)を
   ・約1時間くらいかけて飲むように指示され、一口ずつゆっくり服用。
   ・18時ごろから下剤が効き始めてきた。
   ・18時30分より点滴開始。
   ・執刀するはずだった先生が、今日入院してしまったと代わりの執刀医が
    あいさつにきてくれた。
   ・21時までしか飲み物(水もすべて)飲めないので、
    それまでに精神のクスリとポカリスエットなどをしっかり飲んでおいた。
   ・夜、手術の緊張に加え、看護師さんが点滴を交換しに
    何度も出たり入ったりしていって眠れない。
    おまけに点滴が血管から漏れてしまい、針を刺し直したり
    (私は血管が出にくい)で、結局、朝まで眠れなかった。

2.13(月)
 手術当日
   ・9時から手術開始。手術用の着物を来て、
    血栓防止用の弾性ハイソックスとT字帯をつけ手術室へ。
   ・手術台にのぼり、まず背中に麻酔を打たれるのだが、
    このときの痛み止めがめちゃくちゃ痛い。
    背中を丸めていないとうまく入らないからと云われても、
    痛みで体が仰け反ってしまうほど。
   ・背中に麻酔のチューブが入った後、仰向けになり吸入マスクをつけられ
    全身麻酔。大きく深呼吸を繰り返し、麻酔が効いてくるのを待つ。
    何度か看護師さんに体があたたかくなってきませんか?と尋ねられたが、
    そのうちに意識を失っていたらしい。
   ・6時間後、手術終了。 
    徐々に意識が戻って看護師さんに声を掛けられているのが解った。
   ・経験したことのないくらいの悪寒が全身を走り、
    極度の寒気から体がブルブル震えて止まらない。
    病室に戻り、電気毛布を掛けてもらったが、それでも震えが治まらない。 40.2度の高熱が出た。
   ・お腹に激痛。
   ・お腹周りに、ドレーン(リンパ液の廃液)の管(左右)と尿道カテーテル、
    背中からの麻酔、それに点滴。お腹は痛いし、いろんな管が通っているため 
    寝返りもうてなかった。
   ・口から水分が取れないので、いつもの精神のクスリも飲めず。
    代わりに点滴で眠剤を入れてもらったが、全く眠れなかった。
    看護師さんが何度も見回りに来ていたので、そのときだけ寝てるふりをしていた。

2.14(火)
 術後1日目
   ・相変わらず激痛。が、今日から少しずつ歩くよう云われる。
   ・午前中はベッドを起こして、座った体制に慣れる練習をし、
    午後はベッドから足を下ろして座った状態で足踏み運動を軽くやって
    そっと立ち上がってみることに。
    腹筋がすごく痛かったが、病室から廊下に出るくらいまでの距離を
    看護師さんに支えられながら、ゆっくり歩いてみた。
    たったそれだけの動きでも結構しんどかった。
    1度ベッドに戻り、しばらくしてからまた歩く練習。
    今度はナースステーションまでゆっくりゆっくり歩いた。

2.15(水)
 術後2日目
   ・朝、看護師さんに少しでも歩くよう云われたので、朝食のあとひとりで歩いたら
    まだひとりで歩かないで!と別の看護師さんに怒られた。
   ・お腹に刺すような痛み。痛み止めを飲んでもあまり変わらない。
   ・夕食から流動食が始まった。
   ・尿道カテーテルを外してもらったので、自分でトイレに行けるようになった。
    が、カテーテルを外した影響か、夜、3回も失禁してしまった。
    (無意識で、全然漏らしている感覚もなかったので、ちょっとショックだった)

2.16(木)
 術後3日目
   ・体に繋がっていた管を全部外してもらった。明日からシャワーOKとのこと。
   ・お腹の痛みは続いているが、痛み止めが少し効いて楽にはなってきた。
   ・夕食から全粥食になった。おかゆが食べられないので、かなりキツイ。
   ・夜、気づいたらパジャマが濡れていたので、また失禁かと思いナースコール。
    失禁ではなく、ドレーンが管を抜いた穴から漏れ出しているのだということ。
    ガーゼで処置をしてもらった。

2.17(金)
 術後4日目
   ・ドレーンの滲みだしが止まらない。特に右側がひどい。
    ガーゼを当てて様子を見ていたが、量が多いので患部に袋状の
    そこにドレーンが溜まるものをつけて様子を見ることに。
   ・相変わらずお腹は痛い。

2.18(土)
 術後5日目
   ・今日もドレーンの滲みだしが止まらない。

2.19(日)
 術後6日目
   ・右側のドレーンの滲みだしが少し落ち着いてきたと思ったら
    今度は左側の穴からドレーンの滲みだしが。ガーゼを当てて様子見していたが
    右側同様、ちょっと量があるので、同じように袋状のものを取り付けることに。
   ・今回の手術で、子宮と卵巣の全摘出およびリンパ節郭清を行った。
    リンパ節を切除すると、リンパ浮腫と云って、足に浮腫みが出やすくなるそう。
    それを防ぐためのマッサージの仕方を教えてもらった。

2.20(月)
 術後7日目
   ・右側のドレーンの滲みだしは大分落ち着いてきた。
    左側も朝の回診のときにはそれほど出ていなかったのだが
    シャワーを浴びたら、また滲みだしてきてしまった。
   ・右側の袋状のものは外して、ガーゼを当ててもらった。
   ・昼食から普通食になった。
   ・抜糸というか、傷口を綴じ合わせていた金具を外してもらった。

2.21(火)
 術後8日目
   ・左側のドレーンの滲みだしも大分落ち着いてきた。
    量もほとんど出ていないので、袋状のものは外して大丈夫だろうとのこと。
    外してガーゼを当ててもらった。

2.22(水)
 術後9日目
   ・お腹を縫い合わせたところの下の部分がちょっと開いてしまい
    そこから液が漏れてしまっていた。傷口は綺麗なので心配はないとのこと。

2.23(木)
 術後10日目
   ・ドレーンの滲みだしも落ち着いたし、お腹の痛みも大分やわらいできたので
    そろそろ退院していいとのこと。明日退院の見通し。
   ・夜、トイレに行ったら、パジャマのズボンが少し汚れていたのでお腹のところを
    触ってみると少し濡れていたので、急いでナースコールをして処置してもらった。

2.24(金)
 退院
   ・看護師長さんより次の外来の予約時間やそのときに持ってくる書類の説明と
    痛み止めの薬を受け取り、会計を済ませタクシーで家まで帰った
    (病院から家まで遠いため、荷物も多いし電車で帰るのはさすがにキツイと思い)。
   ・家に帰ったら尿?が止まらず、トイレから出たあともちょろちょろと
    ずっと出続けていたので、心配になって病院に電話。
    担当の先生はオペ中で出られないとのことなので、病棟の看護師さんに繋いでもらい
    事情を説明。もしかすると尿ではなく、ドレーンかもしれないから
    すぐもう一度病院にきて受診するようにとのこと。
    気にはなったが、やっと家についたばかりでもう一度病院まで戻る元気も
    なかったので、一旦様子を見ます、と云って電話を切った。
    その後もしばらくは出続けていたが、少し眠ったら落ち着いてきたので
    このまま経過を見ることに。

☆術後のあの悪寒には一瞬、このまま死ぬのか?などと変なことまで考えてしまった私ですが、
 またこうしてブログを更新できるまで回復することが出来ました。
 まだ、お腹のドレーンのところの傷が完全に塞がっていないため、引き続き自己ケアは必要ですが、
 まずはひとつ大きな山を乗り越えたのかな、という気がしています。





テーマ:雑記 - ジャンル:小説・文学

雑記 | コメント:6 |

久々更新、今年もよろしくお願いします

大分、更新を怠っておりました
遅ればせながら(もう2月だってのに)、あけましておめでとうございます
今年も不定期にではありますが、のんびり更新していきたいと思っておりますので、
よろしくお願い申し上げます。

昨年末、子宮にがんが見つかりました。
2年くらいずっと不正出血が続いていて、
あんまりだらだらとずっとあるので、気になって近くの婦人科へ受診したところ、
子宮に大きな影があると云われ、すぐに大きな病院で精密検査を受けるようにと、
その結果、子宮体がんと診断されました。

年明け早々に検査入院し、子宮内膜掻把術というのを受けました。
転移はしていないものの、子宮内膜内のがんの広がりがかなり大きく、
筋層にまで達している可能性があるとのこと。
最初の説明では腹腔鏡手術で簡単に取れるような説明だったのに、
蓋を開けてみれば開腹してリンパ節まで切除しないといけない、とのこと。

がんと聞いてもはじめはあまりピンと来ていなかったのですが、
さすがにそこまで云われると結構ガチで怖くなってきてしまいました。

しかも、本当は今月2日に手術予定だったのが13日に変更になったりと、
そんな先延ばしにして本当に大丈夫なんだろうかと、ますます不安は増すばかり。

背中に麻酔打つらしいけど、多分ものすごい痛いんだろうなあ、とか、
子供のころ扁桃腺の手術した時、全身麻酔が全然効かなかったけど、
今回は大丈夫だろうか、とか、
お腹切られたらどれくらい痛いんだろうか、とか
執刀医と顔を合わせたことが1度もないんだけど、大丈夫なのか、とか
色々いろいろ考えてしまう毎日です。

とはいえ、あと何日か後には手術の日を迎えます。
四の五の云っても仕方がありません。
ここはもう腹を括って、医師に任せるしかありませんから。
なんとか頑張ってきます。

また、詩が描きたいです。
元気になって戻ってきます。
話の続きはまたその日まで。



テーマ:雑記 - ジャンル:小説・文学

雑記 | コメント:4 |

中原淳一


中原淳一さん(昭和初期を代表するイラストレーターであり、マルチクリエイターでもありました)の描くイラストが大好きで、本や雑貨を見つけては、こつこつと集めています。
戦後間もない頃、粗末な着物にモンペ姿の少女たちが、
「今日は何本芋が手に入った」などと云っている光景を目にし、
若き少女たちにこのような会話をさせてはいけない、
もっときれいに(それは豪華に着飾るという意味ではなく、身ぎれいにという意)
夢を持ってほしい、少女らしさを持ってほしいという想いから、
雑誌「それいゆ」、「ひまわり」、「ジュニアそれいゆ」などを手掛けるようになります。
そこには、彼の美しいイラストのほか、ファッションやぜヘアスタイル、生活様式に至るまで、
さまざまな面で、女性として、人間として美しく生きる術が書かれおり、
当時の少女たちは、貪るように読んでいたといいます。

中原淳一さんの描く女性は、単に可愛らしいというだけでなく、
一本筋の通った、凛としてしなやかで
それでいて、決して折れない強さを感じさせます。
それは中原淳一自身が、女性にそうあってほしいという、強い願い、メッセージが込められているからなのかもしれません。
私には到底およびもしませんが、絵を見るたび、彼の文章を読むたび
こんな女性になりたいものだと、つくづく思うのであります。


☆2016年度版スケジュール帳☆
  花束を抱えて佇んでいる姿が、なんとも愛らしいです。

中原淳一2016年版手帳 - コピー




☆マウスパッド☆
  キリっとした大きな瞳が印象的です


中原淳一マウスパッド



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雑記 | コメント:0 |
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