縫いとじられない赤い糸

小奇麗な言葉で曖昧にごまかすのにはほとほと疲れてしまったから。そろそろ本当の話を始めませんか。身もふたもない、本当の話を。

取捨選択

淋しいという感情は 人恋しさの裏返しだ
淋しさに打ち震えているのなら
まずはとことん 人という人と付き合ってみたらいい
向き合ってみたらいい
すれ違うこともあるだろう
傷ついて泣くこともあるだろう
大事なのは より多くのことを経験すること
そうすることによって 見えてくるものがある
解り合えないことなんて当たり前だということが
自分と同じ人間なんていないのだから
それが自然なことなのだということが
いずれ 否が応でも気がつくだろう
解り合えないことと淋しさが同義でないということにも


もしもあなたが 人と向き合うことから逃げて
それでも淋しいと嘆くのならば
そんな感情はとっとと捨ててしまったほうがいい
求める気持ちも勇気もないものに
淋しさなどあっても 無用の長物だからだ
いますぐ ビリビリにでも粉々にでもしてしまいなさい
感情に囚われなくなったあなたは
今よりきっとずっと 生きるのが楽になる




テーマ:詩・想 - ジャンル:小説・文学

詩でしか云えない | コメント:2 |
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コメント

淋しさってなんだろう。と考えてしまいました。
人恋しいわけでも、人と向き合うことを避けている訳でもなく、感情に囚われている訳でもなく、
ふと、何の前触れもなく自分の奥深くから生まれてくるモノがある。
それが私の淋しさ何だろうかと。
2016-01-28 Thu 08:38 | URL | ray [ 編集 ]
コメント、ありがとうございます

淋しさは、独りでいる時には
あまり考えないように思います
誰もいなければ
淋しさなんて感情はうまれない
というか、平気でいらあれるような気が 
私はするんです

寺山修司の詩に
 淋しいという字は
 木が二本寄り添っている
 淋しいという漢字がなぜ泣いているのか
 わかるような気がする
というような詩が(ちょっと間違ってるかもしれませんが)あって

人でもものでも、何かを意識した時にはじめて
淋しいという感情が生まれるのだと
私は考えます

この詩は、嘆いてばかりいて何もしない 
できないと諦めてる自分への戒めとして描きました

ありがとうございました
2016-01-28 Thu 22:00 | URL | 陽炎 [ 編集 ]

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